26s face #2

千代崎海岸-0315 26s face

最寄駅に降り立ったが未だ訳が分からず何をしたら良いのか分からなった。スマホ片手に突っ立っていたら後ろから来る人の波に揉まれて改札口付近まで押されてた。

「仕事なんて出来ないよ」

こんな気持ちじゃ仕事に行くことも出来ない。仮に行けたとしても何も手につかない。しかたないので会社に体調が優れないので休みたいと連絡し、駅のベンチで少しの間、道行く人を眺めていた。

数分おきに到着する満員電車。ドアが開くと同時に走り出す学生やサラリーマン。出入口付近でスマホを弄るのを止めずに、他の人からわざと押されている人なんかもいる。だけどその人は気付いていなかった。

少し落ち着いてきたので、他のSNSに登録出来るか試してみた。登録するメールアドレスが有効ではないというメッセージが出た。フリーアドレスを取得するためにYメールに申請するもこの端末からは登録できませんとエラー画面がでる。あのDMに書いてあったことはあながち嘘ではなかったようだ。この他にもSNSをやるために試すことは沢山あった。違う端末を使うとか、IPアドレスを操作して海外で登録するとか、知り合いに頼んでアカウントを譲ってもらうとか・・・・でも、それもこれも馬鹿らしく思えてきた。暫くして、僕は会社とは反対向きの電車に乗りこんだ。

都心から離れていく電車は空いている。行きの電車は座れるけど目の前に沢山の人が立っているので風景など見えないし、いつも自分はスマホの画面しか見ていない。スマホを弄りたい気持ちを抑えて、車窓から見える風景や周囲の人を眺めていた。

前の座席に座っている学生やサラリーマン全ての人がスマホを見つめている。仲がよさそうな女子高生二人組もスマホを見ながら気もそぞろで会話している。

「この子の動画超ウケるんだよねー」

その画面を互いに見せあうでもなく、それぞれの会話が進んで行っていた。
自宅の最寄り駅についたが降りる気がしなかった。そのまま電車は外房の方へ進んでいく。乗客はどんどんと減っていき、車両には僕と老夫婦だけになっていた。老夫婦の旦那さんの方はどうやら足が悪いらしく杖をついていて、降車駅についた時には奥さんの方がそれ身体を支えていた。

僕の身体はごくごく自然に動き、奥さんといっしょになって旦那さんが電車を降りるまで支えていた。

「すいませんねぇ。優しくしてくれてありがとね」

少し照れくさかった。人からあんなにこぼれそうな笑顔で “ありがとう” と言われるのは久しぶりだった。普段の僕ならその光景を見てもすぐにスマホに目を落とし、何もしなかったと思う。でもスマホを見なかったからこそあの “ありがとう” を言ってもらえたのだと思う。そういえばSNSの中では一つのアカウントで介護ヘルパーの仕事をしている人を演じていた。想像で夜勤も多く大変な仕事だと不満ばかりを口にする投稿をしていたけど、実際にはああいう風に感謝されることもあるのだろうか?それと老人とはいえ実際人の身体を支えるのは、とても重くて大変さということに気付いた。そして電車は終着駅の安房鴨川駅に着いた。

駅を降りて海へと向かう。西口を出てグルッと周り歩いて10分足らずで海岸についた。平日の朝だというのに数名の人が沖にでてサーフィンを楽しんでいる。まだ肌寒い3月なのに海に入っていることも驚くけど、平日に遊んでいられる人がいるなんて不思議に思った。海岸を大きな白い犬を連れて散歩する人やカップルのような人もいる。そんな人を横目に見ながら自分も少し海岸線を歩いた。

時間も10時を過ぎ、腹の虫が鳴った。いつもは会社に行く途中のコンビニでおにぎりを買い机で食べていた。今朝は色々あって何も食べていなかったし、怒りと運動したせいで余計にお腹が減っていた。海岸から上がって道路を挟んだ向こうに、コーヒーショップが見える。もしかしたらお洒落な人はそれを “カフェ” と呼ぶのかも知れない。店に近づくの案の定 “KEY’s Cafe”と書いてあった。普段はスタバですら入らないので、何となく気が引けたが、周りにはお店も見当たらないし、何せ空腹を満たすためにはここに入るしか無かった。

ドアを開けるとやっぱりカフェらしく “カランカラーん” と小気味良い音がなった。注文したのはコーヒーと小倉トーストクロワッサンのセット。待っている間に、またSNSにアクセスしてみたがエラー画面が出るばかりだった。そしてスマホをテーブルの上に軽く投げた。

手持ちぶたさなので席から海を見ていた。さっきとよりサーファーの数は減っていて、波も幾分穏やかになってきたような気がした。太陽の日差しもさっきより少し強くなったように感じる。

「おまちどうさま。地元の人じゃないよね?」

香ばしい匂いのコーヒーとトーストが目の前に置かれると同時に店の人からそう声をかけられた。

「あっ、はい。ちょっと海を見にきてて」

それから店のママさんと少しの間話していた。自分の年齢や職業、今日は会社をさぼってしまったことなどいろいろと・・・でもSNSのことだけは話さなかった。そしたら不意にママさんが・・・

「最近SNSに画像付きで【高くて不味い】って投稿されてたのよ。それからお客さんも減ったし、なんで悪いこと書くのかね・・・ねぇ、うちの店って不味い???」

「美味しいです!すっごく!美味しい!」

不味いなんて全く思わなかった。コーヒーも美味しいし、トーストやクロワッサンだって美味しかった。値段だってそんなに高くはない。投稿した人は何を思ってそういうことを書いたのだろう・・・味覚だって価格だって、その人それぞれで感じ方は違うのだから、自分に合わないだけかも知れない。それをSNSで拡散する必要なんて無いのに。そういえばSNSの職業の中ではラーメン屋の店主も演じていた。毎日行列の絶えない店という設定だったが、飲食店もこういうことをされると、とたんに客足が遠のいたりするのだなということが分かった。

結局カフェに1時間以上滞在した。ママさんといろいろな話をした甲斐もあって沈んでいた気持ちが少し楽になった。帰る時に丁寧にお礼を言ってお代を払うと、

「また会社さぼっておいでねっ!」

と明るい笑顔で言ってくれた。それが僕にはとても新鮮でまぶしかった。
考えてみると、最近こんなに見ず知らずの人と話すことは無かった。同僚とも必要最低限の仕事の話しかしないし、プライベートなことを話せる人なんて居ない。普段はSNSの海の中に自分の悩みや困っていることを投げ入れる。すると必ず誰かが反応し優しいことばをかけてたり、励ましてくれたりする。心底分かっているが、その言葉には全く重みもなく解決した試しがない。その瞬間だけ幸せな気持ちになれるけど、翌日になっても悩みや現実が変わっていない。まるでそういうことを忘れるために飲んでいるアルコールと一緒の様でどちらも深い依存性がある。

店を出た僕は北の方へ向かって歩き始めた。日差しは暖かいけど、海から吹いてくるオンショアの風は冷たくて挫けそうになったが、この先にある水族館まで歩こうと決めていた。夏、このあたりは海水浴客で混むようで道の左右には大きなホテルが立ち並んでいた。20分以上国道を歩いて、大きな看板にシャチの絵が描いてあるのが見えた。チケット売り場を探してキョロキョロしているとひとりの女の子に声をかけられた。

「チケットならあそこで買えますよ」

第三話につづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

Photo

  • 場所 : 三重県鈴鹿市
  • 被写体 : 千代崎海岸

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