26s face #1

「2時か・・・。そろそろ寝ないとだな」

ナイトモードにして全ての通知を切り、スマホを充電コードに刺して投げ出した。こうしておかないと夜中もひっきりなしにSNSから通知がくる。その度にスマホがブルっというので、眠らなければならないのに目が覚めてしまう。

このところ残業続きで終電で帰ってくることが多く、3月も中旬が過ぎて年度末が近づくに連れ、処理しなければいけない見積や請求書が毎日自分の机に置かれていく。営業から入ってくる注文も多く、在庫管理や発注管理もしなくてはならない。

自分は自動車部品メーカーのサラリーマン。車のサイドミラーやルームミラーを作る会社に勤め、営業サポートをしている。入社当時は自分も営業として外回りをしていたが、数字のプレッシャーや顧客対応などに追われ、精神的に疲れ切ってしまった時期があり会社を長期で休むことがあった。それでも僕の上司は根気よく面倒を見てくれて、復帰後、上役に掛け合ってくれ、負担が少ない今のポジションを用意してくれた。給料は3割くらい減ってしまったが、自分ではこの仕事が気に入っていた。外回りの営業から無理なオーダーをたまに言われるけど、顧客相手のクレーム対応などは無いのでその分気が楽だった。

営業サポートのメンバーは自分以外は全て女性でそんなに仲良くは無いけど、自分一人が男なので、溜まった書類を倉庫にしまう力仕事や定時で帰りたい人の仕事を請け負ってあげたりして同僚とも上手くいっている。

毎日の生活は単純なことの繰り返しばかり、朝起きて、会社に行き、仕事が終わって帰ってくる。周りから見たら冴えない男。会社まで片道1時間30分かかる千葉1Rの部屋に住み、彼女も10年以上居ない。人生で唯一楽しい時間といえば通勤電車と帰宅後にするSNSくらい。SNSでは複数のアカウントを持っている、年齢・職業・住まい・性別すら違うプロフィールを持っていてその数は20を越える。時には医者だったり、アイドルを目指す女子高生やラーメン屋の店主、海外赴任の商社マンなど幾つものプロフィールを持っている。アイコンに使う写真などはネットから拾ってきている。

SNSの住人はネットの向こう側にいる人を確認もせず単純に信じてしまう。女性を演じていると若いのからおじさんまでひっきりなしにダイレクトメールが届く、自分も女性になりきってやり取りをしていると、向こうもだんだんとエスカレートしてきて、食事や飲みに誘われることも多い。男って本当に単純極まりない。
逆に医者を演じているアカウントには女性からのメンションが多く、医者のタフな勤務を発信していると、気遣うようなコメントや応援メッセージが届くことが多い。傾向として女性からダイレクトメッセージを送ってくることは少ない。SNSの世界は不思議だ。でも悪くない。こういう自分の様に人生の負け組であっても使いようによっては輝ける場所がある。架空の世界かもしれないけど何でもなれる自分はがとても心地よい。そして眠りについた。

朝5時55分に目覚ましが鳴る。いつも寝る時は充電しながらスマホを遠くに投げるので目覚ましを止めるためには必然的にベッドから出なくてはならない。2-3分の目覚ましの優しいメロディーを聞きながらウトウトとし、頃合いを見計らって止めにいく。寝ぼけ眼でスマホを弄り、色々なアカウントから「おはよう」のメッセージを発信するのが日課だ。それを済ませてから、顔をあらったり、歯磨きなどをして出社の準備を始める。

「システム障害かな・・・?」

今朝は、たくさんあるアカウントの殆どにログインできなくなっていた。最近このSNSはシステム障害が多くて、フォロワーがゼロになってしまう現象やかってにフォローが外れてしまうという状況があるとネット上で話題になっていた。まぁそのうち解消するだろうと思い、仕事へ行く準備を始めた。

会社へは片道1時間半。それもあまり苦にならないのは千葉の奥地ということも合って最寄の駅から始発が出るからだ。毎日一本見送れば必ず座れる。この日も一本見送っていつもの定位置を確保することが出来た。ふっと隣に目をやると女性のスマホ画面が見えてしまい、例のSNSのシステム障害が解消されていることを知った。すぐに自分もポケットからスマホを出し朝の挨拶メッセージを発信することにした。

「おかしいな・・」

隣の女性はログイン出来ているのに自分は出来ない。どれを試してもログイン出来ない。

「意味が分からない?どうなってんだ!!?」

数あるアカウントどれに切替えてもログイン出来ない状態になっていた。アカウントを切替ている最中、一つのアカウンだけにバッジがついているのが見えた。それは自分のリアルアカウントだった。もう何か月も投稿していないリアルアカウント。何の通知が来ているのかさっぱり分からなかったが開いてみるとDMが一通送られてきていた。しかも昨日の夜中に・・・。

弊社では少量・大量のアカウントを作成し、いわゆる「なりすまし」や「虚偽」のプロフィールを作成し投稿することを禁止しております。お客様は弊社のSNSサイトを使い26個のアカウントを作成されていることが判明しました。対象アカウントは以下のとおりです。

@jimmy_ueda_0302
@Keikonomado
@busyboy3
@ken_ken_082
@Oxbd3k55bbdy
@kenji_a15
@wanwandotcom
@miku_kawaii
……

そこには全てのアカウントIDが記載されていて、文章はこう続けられていた。

上記アカウントを本日3時00分をもって全て凍結いたしました。尚、ご本人様と思われる本アカウントも本日8時00分をもって凍結いたします。今後SNSのアカウントの開設は弊社SNSサイトに限らず全てのサイトにて開設することが出来なくなりますのでご了承願います。また、異議申し立てがあり本DMに返信いただいても対応いたしかねます。長い間ご利用いただきまして誠にありがとうございました。

僕は一瞬唖然とした。

そして数分後、体中から大きな怒りや憤り、ありとあらゆる不満が溢れ出てきた。

「全く意味が分からない。一方的だろ、匿名制が保障されてるのじゃないのかよ!だいたいなんだよ!フォロワー何人居たと思ってんだよ、数千越えていたアカウントばかりだぞ、ここまで増やすのに何年かかったと思ってんだ!ふざけるな!!」

何度も何度も色々あったアカウントにログインしようとしても全てエラーになる。通勤電車の中で僕は顔を真っ赤にしながらスマホを叩くように弄っていた。

時刻は7時55分。自分のリアルアカウントももう凍結される。もう一度DMを読み返すが凍結を解除するような方法は書いて居なかった。僕は苦し紛れに来たDMに返信を打った。内容は自分のリアルな住所と電話や名前、年齢や勤めている会社も書いた。そして今まで多くの人物になりすましていた謝罪や二度と同じことを繰り返さないという文章も書いた。そして送信ボタンを押した瞬間、画面はエラー画面に変わった。

放心状態になった。何で全て本当の事を書いてDM送ったのか分からない。でも何かそうすることで凍結が解除されるのではないかと思った。でも結果はエラー画面だった。電車は無情にも会社の最寄り駅へと到着した。

第二話につづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました