パン職人に転職しようと考えている人達へ元パン職人が伝えたい生計を立てる難しさ

名古屋市-手作りパン-ダウゲンシュタイン-1121 Diary

パン職人になろうとしたきっかけは単純に「パンが好き」だったから

かれこれもう20年以上前の話になりますが、今の仕事に転職する前はパン職人をやっていました。自営ではなく、町のパン屋で修業という感じで働かせてもらうため、27歳の時、勤めていた会社を辞めパン職人の道を選んだのです。当時既に子供が2人居て、まだ保育園に通っていたのを覚えています。これから小学校・中学校に行くにつれてだんだんとお金もかかってくる時期になんで安定していた会社を辞めたのかというと、当時の上司に言われた一言が胸に深く突き刺さったから。その一言とは、

「君は高校しか卒業してないから、どんなに頑張っても主任止まりだな。まあがんばれや。」

と、入社して1週間も経っていないのに、その一言をぶつけられました。昔はそんなことは当たり前に行われていましたが、今だったらパワハラとか言われるのでしょう。その後、約10年、その会社で社会人としての立ち振る舞いや仕事に対する姿勢を教えてもらい、社会人としてのイロハを学んだので全く後悔してません。その後、数年間は大学卒の同期が方が微妙にベースアップが多かったり、役職が付いていったりしてじわじわと差がついていったのを覚えています。同じ仕事をしていても給料や昇進のスピードが違ってくる、その時あの上司の言葉を思い出し「あれは本当だったんだな」と再認識しました。

そして自分は会社を辞める決意をした。念のため保険として会社在籍中に「大型」の自動車運転免許を取って、最悪仕事が「上手く見つからない」とか「長続きしなかった」場合にはトラックドライバーでもやって生計を立てようと思ってました。そして会社を辞めて転職活動を始めました。今考えれば次の職場が決まってから辞めれば良かったと思うけど、若くて考えが浅はかだったからそういう気転が効かなかった。案の定、すぐに仕事が見つからず1か月以上プー太郎状態。色んなパン屋に飛び込んで求人はないか?聞いて歩いたり、求人誌を見て(その当時「ガテン」という職人専門求人雑誌があった)片っ端から電話を掛けてみたけどダメだった。それからまた1か月程経過し、プー太郎も2ヶ月が過ぎようとした時、やっとある町のパン屋で雇ってもらえることが決まった。

何で自分が脱サラをしてパン職人になろうと決めたかというと、単純にパンが好きだから。この後、どういう仕事内容なのか書いていくけど、パン職人ってかなりタフな仕事だからやっぱり好きでないと出来ないし、続けることが難しい仕事。だから、動機が楽観的に感じるかも知れないけど、モノづくりが好き、パンが好きって大事な要素だと思う。

パン職人の仕事内容は過酷そのもの

そして、晴れてパン職人として働き始めたのだけど、その内容は過酷そのものだった。子供の唄で「朝一番早いのはパン屋ぁ~のおじさん♪」とあるように本当に朝が早い。仕事は夜中の2時から始まる。朝なんてレベルではなく夜中。店につくと窯の電源を入れ、前日に仕込んでおいた生地を分割し、成形を始める。作るパンは何十種類にも及ぶ。以下は参考に一部を書き出してみた。

  1. 食パン(3種)
  2. アンパン
  3. カレーパン
  4. チョココロネ
  5. クロワッサン
  6. ウィンナーなどの惣菜パン(10種)
  7. サンドウィッチ(5種)
  8. バケット(フランスパン)
  9. デニッシュ(5種)
  10. ベーグル(4種)

などなど・・・・種類は多岐にわたる。これだけのものを朝の7時くらいまでにそろえなければいけないので職人とパートのおばさん達を含め、総勢15名位が凄まじい勢いで働いていた。

当時自分がメインで任されていたのは窯。パンを焼くという担当。成形もスピードが必要だが、窯はパワーと経験と俊敏さが求められる。1台の窯には鉄板が前後合わせて8枚入り、1枚の鉄板で総菜パンなら16個が焼ける。その窯が6台あるので、

16個×8鉄板×6窯=768個

768個のパンを同時に焼くことができる。実際には一人で焼くので数分ずつ時間をずらして投入する。一気に焼きあがるわけではないけど、焼き時間もバラバラで設定温度も異なる窯担当は本当に神経をすり減らす。鉄板の前後を入れ替えたりするのは重労働だし、窯から出すのが遅れたりしたら50個くらいのパンは一瞬で売り物にならなくなる。(←何回もやって怒られたけど)そして何よりも窯の前は暑い。暑いなんてもんじゃない「熱い」という表現の方が正しい。冬でも基本半袖で仕事をしているが、それでもちゃんと水分を取らないと脱水症状になってしまう。そして腕には無数の火傷。急いでいるから腕が窯のフタや鉄板に触れて、火傷は毎日のようにする。

と、かなりハードな職業だったりする。その日のパンを焼き終わってからも

翌日の仕込み
生地の仕込み・玉子の殻剥き・じゃがいもの皮むき・タマネギの千切り
作業場の清掃
粉を扱うので冷蔵庫・エアコンフィルターは毎日清掃しないと目詰まりする
道具の洗浄
食品を扱うので洗浄や消毒はかなり入念に行う

そして翌日パンを入れる袋への値札シール貼りなど仕事は山ほどあった。身体にはバターやシナモンの匂いがついて風呂に入っても取れない。仕事が終わるころにはもうクタクタになってしまう。そんな大変な仕事なんだけど、大抵はそれに見合う給料をもらうことが出来ない。パン一つ一つの値段を見れば分かると思うが、単価が安く、パン屋はそんなに利益が出ない商売だからだ。自分の働いていたパン屋の待遇は

  • 定時が2時17時
  • 給料が手取りで18万円
  • 遅刻1回に付き500円マイナス
  • ボーナスなし
  • 週休1日

良かった点と言えば、子供を保育園に迎えにいくことが出来たことぐらいで、後は給料も安いしとてもじゃないけど生計を立てるのが難しかった。事実約2年で当時あった貯金の殆どが飛んでいってしまった。また一番辛かったのは家族の生活リズムが狂ってしまったこと。なんせ、2時出勤しなければいけないのだから家全体が20時には消灯という形になってしまった。これではとてもやっていけないという事になりパン職人の道は約2年であきらめることになってしまった。

パン職人になりたいなら年齢は若いうちにそして覚悟を決めて

もしこれを読んでいる人が、独身で若ければ(20代前半とか)パン職人を目指して早く技術を習得すれば自分の店を持つチャンスはあると思う。ただ、家庭を持っていたり、子供がいたりするとかなりの覚悟と蓄えがないと生活が成り立たなくなってしまう。パン職人という職業は一度自分で店を持ってしまえば、定年もないし一生食べていくことが出来る商売だと思う。全ての職人に言えることだと思うけど、それは可能な限り早く開始しておかないと歳を重ねれば重ねるほど、難しくなってくると思う。

最後にパン職人をやっていた2年間は決してマイナスの事ばかりでは無かった。蓄えは無くなってしまったけど、子供が小さい頃に世話をしてあげられたことや、パン作りの技術が身に着いたこと。ケーキも焼けるようになった。チャンスがあったら定年後にでも小さなパン屋でも開いて生活していけたらなと思う。

あれから20年経って

その後、パン職人を辞めて、別の会社で営業して働いている。あのままパン職人を続けていたら到底もらえないような給料ももらっているので良かったかなと思う。時代も移り変わって、機械も進化しただろうから、パン作りも昔ほど過酷ではないと思う。まだまだ町のパン屋は種類多く並べて薄利多売で生業をたてているようだけど、最近読んだ本で、週3日しか働かなくてもパン屋はやっていけるという著書をみた。

「捨てないパン屋」 手を抜くと、いい仕事ができる→お客さんが喜ぶ→自由も増える

どういう仕組みかというと、こだわりのパンを4種しか作らず、売り方が変わっている。焼きたてのパンは、厨房の横に並べて代金の箱を置く無人販売。売れ残ったパンは、地元の野菜移動販売などに託して売ってもらい、プラス受注生産の定期購入サービス(サブスクリプション)も始め、ネット販売も行っている。こだわりのパンはドイツパンで1つ2000円ほど。焼きたてよりも少し日にちが経過した方が旨みが出てくるものでネット販売に向いている。今の時代、アイデア次第でなんでもできる。

そんな本を読んで、自分も新しいアイデアを考えてまたパン職人にチャレンジしたくなっている。

パン職人になりたいと思っている人へ、自分の経験が少しで役に立ったら良いなと思う。

Photo

場所 : 愛知県名古屋市
被写体 : ダウゲンシュタイン

 

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